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2016.03.01更新

 今年も,日弁連交通事故相談センター東京支部「民交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」が刊行されました。この本は,年1回刊行される,通称「赤い本」と呼ばれる本であり,裁判所,保険会社,弁護士含め交通事故事件関係者が,損害賠償額算定に際し必ず参照する,交通実務に大きな影響力ある本となります。

 

 今年度版では,入通院慰謝料の項目につき,大きな改訂がありました。

 

 入通院慰謝料は,怪我治療期間における種々の精神的・肉体的苦痛を慰謝するために支払われる賠償費目の一つであり,総治療期間や実通院日数等をもとに算定される損害です。

 

 赤い本においては,入院期間・通院期間をもとに原則的な賠償額基準を示した別表Ⅰに加え,特例として別表Ⅱという基準が示されています。

 

 これまで,別表Ⅱについては「むち打ち症で他覚症状がない場合は別表Ⅱを使用する。この場合,慰謝料算定のための通院期間は,その期間を限度として,実治療日数の3倍程度を目安とする。」との説明がなされていました。

 

 しかし,今年度版からは「むち打ち症で他覚所見がない場合等(軽い打撲・軽い挫傷を含む)は,入通院期間を基礎として別表Ⅱを使用する。通院が長期にわたる場合は,症状,治療内容,通院頻度をふまえ実通院日数の3倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある。」との説明に変更となりました。

 

変更点は,以下の2点となります。

①別表Ⅱは,他覚症状のないむち打ち症だけではなく「軽い打撲,軽い挫傷」にも適用される。

②慰謝料算定は,総治療期間に基づき算出されるのが原則であり,実通院日数の3倍程度を目安とするのは,例外的な場合(通院が長期の場合)に限られ,かつ,症状,治療内容,通院頻度から,総治療期間に基づく算定不相当な場合に限られる。

 

 では,今回の改訂でむち打ち症に関する慰謝料額に大きな変化はあるのでしょうか? 

 私個人の感想としては,裁判実務に関する限り,大きな変化はないと考えています。

 

 今回の『実日数×3倍基準』の改訂は,東京地裁民事27部(交通事故専門部)の平成21年1月から平成26年3月までに言い渡された別表Ⅱを適用すべき判決の分析から,同基準が必ずしも厳密に適用されていないとの結論を得て(平成27年赤い本下巻81頁以下),改訂されたものとなります。

 『実通院日数×3倍基準』が,裁判実務上,絶対的なものとして機能してはいないとの現状を追認した改訂ですので,認定される慰謝料額に大きな変化はないと考えます。
 なお,上記分析結果からみて,改訂基準でいうところの「通院が長期」とは,少なくとも90日以上の総治療期間を要した事案が想定されているようです。

 

 他方,保険会社との任意交渉においては,『実通院日数×3倍基準』が,当然の前提・絶対的な基準として主張・適用されている例が間々見受けられました。よって,保険会社との任意交渉においては,ある程度の影響が見込まれるところです。

 

 『実通院日数×3倍基準』によると,むち打ち症で苦しみながらも,仕事上・生活上の都合で頻繁な通院ができず、痛みをこらえて生活を送る被害者には,充分な賠償がなされないこととなります。

 

 今回の改訂を機に,被害者の実情にあった適切な賠償を受けられる場面が増えるかもしれません。

弁護士 荒木 邦彦

 

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